【素人投稿インタビューファイル#001】最高齢投稿者P/かいらくが語る投稿という名の絆

リンゴな見出し019

 「忘れもしないよ、終戦の少し前の8月4日。焼夷弾をばぁ~~っと落とされてね…。ほら僕の地元は関東でも有数の工業都市だったから」。とてもエロサイトに載せる本文とは似つかわしくない言葉。語ってくれたのは、70歳を優に越える当サイトの最高齢投稿者P/かいらく氏だ。「ペンネームかいらくは、快楽じゃなくて偕楽園※からとってるんだよ。私の好きな場所でね…」。ぽつぽつと氏の口から語られる生い立ちは正に波乱万丈、激動の昭和史だった!! 今回のインタビュー、かいらく夫人も揃ってのご夫婦出演を予定していたがなんと奥様、体調を崩され長期入院。残念ながらお2人揃っての出演は叶わなかったが、超貴重な投稿おじいちゃんのご自宅単独インタビュー。氏の口から語られる日本が輝いてた時代「昭和」を動画と記事でお楽しみを。

※偕楽園…水戸市にある由緒正しい日本庭園。3000本を越える梅林の名所としてつとに有名。日本三名園の一つに数えられる。

■変態おじいちゃんの知られざるエリート学生時代
 北関東某県で生を受けたかいらく氏、とかく優秀な氏は県下有数の進学高校へ進学。その後「機械工学部」で知られる某有名国立大学へ一発合格を決める。「大学時代はとにかく勉強勉強で…。研究室と下宿の往復だね。でも私の大好きな先端科学が学べるんだから、苦ではなかったよ」。今の時分とは違い大学に入学出来たのは、ごく一部のエリート。そんな時代を象徴するかのような秀才、言わば「金の卵」のかいらく青年を周りの女性達が放っておくはずがなかった…。

■洗濯屋の女中さんがノーパンで誘惑!!
 「当時僕の住んでいた下宿に、出入りの洗濯業者さんがいてね。そこの女中さんが、ズカズカ私の部屋に上がりこんでくるんだなぁ…。洗濯物の引き渡しも終わったのに、コタツに入ってダラダラと帰らないんだ…」。
 何やらただらぬ臭気を感じたかいらく青年、そぉ~っとコタツの中を覗いてみると、マサカの光景が広がっていた。「女中さん着物の下なんもつけてねぇなんだなぁ。ノーパンだぜぇ!! コタツの中で足まで広げてね(笑)。私の事が好きだったのかな」和服を着た若い歳上の女性がノーパン(当時パンティーはなかったと思うが)で誘惑。こんな卑猥シチュエーション、当然ガジャンとコタツをひっくり返えし、ぶちゅ~っと接吻といきたいところだが、そこは昭和の勤勉青年。見てみぬフリをし、彼女が帰るまで素知らぬ顔でやり過ごしたという…。
 「コーフンっていうよりも、女って怖いなぁ~という気持ちのほうが強かったねぇ~女は怖いよ…手を出したら終わりだよ!!」苦笑いで猛烈誘惑を振り切った氏だが、他にも隣に住む女学生が「かいらくさん、物理を教えてっ!!」と部屋に上がり込んで来ると、翌日その女学生は母親を連れ立ってやって来る。
 「その子、母親に私の事を紹介するんだなぁ…。女はコレだもん。やっぱり怖いよなぁ(笑)。だから、絶対手は出さなかったねぇ」。さらには大学教授の美人秘書から発売したばかりの初代ブルーバード※でドライブにしつこく誘われた事もあったそうだ。動画編では、さらに別の女性からの誘惑エピソードも収録しているのもそちらも必見。
 そんな魅惑の女性たちの毒牙(?)から、からくも逃げ切った氏に転機が訪れる。「就職も希望の研究職に決まって、大学の研究も一段落。さぁ、これから青春を楽しもうと思ってた矢先だね、結核にやられちゃったんだなぁ…」。

kairaku_in_04

※ブルーバード…日産が製造した4ドアセダン型の乗用車。1960年の販売価格は64万円。その当時の大学初任給1万3千円だった事を考えると、教授秘書に手が出せるシロモノでないのだが。どうやらその秘書さん教授の二号さんだったという噂も…。

■順風満帆だったエリート街道が長期入院で崩壊!!
 現在ではさしたる重病ではない結核だが、時代はかいらく氏の青年時代。なんと1年近い入院を余儀なくされ、大学は休学…。決まっていた就職先の内定もふいになってしまう。そう、エリート青年人生初の挫折だ。
 「いや~もうショックで…ショックで。同級生達は研究所や、大学院でバリバリ研究してるのに自分は…ってね」。その後、お父上のツテでなんとか某一流企業に就職は決まったものの、氏を待っていたのは自身が嘱望していた研究職とはほど遠い、営業職。しかし、そこは生粋の真面目男、就職させてもらったご恩に報いるため、企業戦士として邁進していくことに…。社会人1年目「童貞企業戦士かいらく」が誕生した瞬間だった。

kairaku_in_05(ちなみに氏の本棚には学術系書、専門書といった類いの書籍が鎮座している。こんな勤勉な人が投稿してしまうとは…)

■希望の職業にはつけなかった…でもやるんだよ!!
 大学時代あれだけ機械工学に励んだ男である。取引先の工場では専門的知識を有する『話のわかる営業』として、すぐにその名が知られると「取引先の社長さんなんかに、うちの工場の責任者になってくれよ~なんて言ってもらえたりして…。とても嬉しかったね」。希望の職種ではなっかったが、それに腐ることなく、真摯に仕事に取り組む姿勢は当然良い結果をもたらしてくれた。
 そんなやり手若手社員へ、上司から一つの話が持ち込まれる。「かいらく君、そろそろ嫁さんでもどうかね…」と進めれたお見合い話だ。今ではパワハラと糾弾されてもおかしくないエピソードだが、時代は昭和の中頃。結婚式の仲人を課長・部長に頼むというのは当たり前の時勢だったのだ。

■温泉宿のお座敷で味わったかいらく夫人のカラダ
 そこで持ち込まれたお見合い話、このお相手こそ、何を隠そう♀P/かいらく夫人である。「当時アイツは23歳かな…。お兄さんが日本舞踊の家元という家柄でね…。大人しくて綺麗な人だなぁ~と」。このお見合いののち、何度かデートを重ねると夫人から今度居酒屋でも…とディナーへ誘われる。多少の回り道はしたものの、一流企業の最前線で戦うサラリーマンとして、また1人の男して、ケジメをつけようと思ったのかもしれない。居酒屋ディナーの直後、ホテルor旅館を探すことにしたかいらく氏だった…。
 冬の猛烈な雪が降りしきる寒々とした温泉街で、今晩の宿を探す2人。観光シーズンの硫当地では、どこの旅館・ホテルも満室だった。「何件目かの宿で、宴会用の座敷なら空いてるから、そこなら貸せるよって言ってくれた旅館があって。そこで初めてだよ!!」ここで潔い、童貞卒業宣言。

kairaku_in_12(今回インタビューしたかいらくさんのご自宅だが、お二人はもちろんこの自宅でもエロ撮影に興じている)

kairaku_in_11(我々が真面目にお話を聞いたリビング…ここで2人は交わっていたのだ…。恐るべしかいらく!!)

 20代も半ばを過ぎ、温泉旅館の宴会座敷で初めって知った女の体。その体は、現在の奥様かいらく夫人という、なんとも純な童貞卒業エピソードではないか。もちろんかいらく夫人も処女喪失!!
 「『今でも熱いモノが、お腹の下に残ってるみたい…』なんて帰りの車でアイツが言うんだなぁ。あの言葉はいまでも忘れられないね」。遠い日の淡い記憶を紡いでくれたかいらく氏だが、ではこんな仕事一筋、女へも一筋の男が数十年後、なぜ変態の園「アップル写真館」に投稿する事になったのか…。

■軽いはずみで歩み始めた変態スワッピングロード
 「私の仕事も落ち着いて40代半ばの頃かな。新たな支社を北関東に作るって案件を自分手動で達成したんだな。北関東は私の地元だし、そこそこ余裕も出来てね」。始発で職場へ行き、翌日の始発で帰るのが当り前だった若手時代とは打って変わり、仕事にも余裕のできたかいらく支社長。何か生活に潤いをと思った所で、偶然耳にしたのが夫婦交換、そうスワッピングだった。

kairaku_in_03
 「職場にそういうのが好きなやつがいたんだなぁ~。それで思い切って夫人にお前もどうだい?なんて誘ってみたら『いいわよ』って言うんだね。アイツはアイツでけっこう自分に自信があるから。それで交際誌に投稿するようになったね」。そうは言っても本当に奥様に抵抗はなかったのか、問いただしてみると、笑ってこう答えてくれた。
 「時間が出来たとはいえ、週に一度は遠方の工場への出張があったから、ワタシが浮気しないか心配だったと思うんだ。それで目を離している時に浮気されるより、自分の目の前でなら…とでも思ったのかもしれないね」新婚時代、1人家で寂しく待つことが多かったかいらく夫人。お子さんも大きくなり、ご主人も順調に出世、ここが新たな門出と意を決したのだろうか…。

kairaku_in_02
 そんな2人が変態への道を歩み始めた80年代、期せずしてスワッピング文化が華やかりし時代だった。「オレンジクラブ※」「月刊ホームトーク※」名だたるスワッピング雑誌が多数出版され、隠れた大人の趣味・出会いの場として全国の夫婦から愛読されていたのだ。スワッパー専門誌へ投稿、掲載されると各交際誌編集部から「下着美女」「上品妻」などと絶賛され、巻頭ブチ抜きグラビアとして掲載されると、その筋では知られた有名夫婦となっていく(読者アンケートでは2位を受賞したことも)。

kairaku_in_01(お二人のスワッパー歴初期の頃のお写真。「月刊ホームトーク2012年2月号」より)

 「都内のシティホテルの一室を貸し切ったりだとか…それはすごい人数だったよ。そこに来ている方々も一流企業の重役さんだとか、県議会議員だとか、すごいメンバーだった。皆さんいい方だったね。こういうった集まりで嫌な思いをするといった事は一つもなかったよね。ほんと悪い人は1人もいない」。限られたコミュニケーション方法しかなかった時代の桃源郷エピソードである。
 こうして紳士淑女の乱交パーティーや、カップル交際を続けたかいらくご夫妻。バブル経済真っ盛りの80年代、さぞ奔放にヤリまくった事だろうと「当時はそうとうハメましたか?ww」と下卑た質問をしてみると、かいらく氏は真面目な顔で奥様との間で、設けたある「厳格なルール」について語ってくれた。
 「絶対、挿入はしないという事に決めたんだ…。お互いそこだけは守ろうと思ってね」。数十組のカップルと交際し、そこでどんなに魅力的な他人妻が参加していようとも、カラミはあれど挿入は一切しなかったというのだ。もちろんかいらく夫人も挿入させない。さすが1人の旦那、1人の妻を愛し続ける相愛夫婦…。今まで氏の口から語られた勤勉さ、実直さから推測すれば、その言葉に偽りはないだろう。そんな中、あるスワッパー仲間から紹介された一冊のエロ本。それこそ素人投稿雑誌「アップル写真館」だった。

※「オレンジクラブ」…1980年創刊。スター出版が発行していたスワッピング交際誌。SM色の強い過激な投稿で人気を博した。
※「月刊 ホームトーク」…1978年「ホームダイヤモンド」として創刊。1979年「ホームダイアモンド」が「月刊ホームトーク」と誌名変更。2013年に会員制雑誌として発行を続けた交際誌のパイオニアだ。

■ここでちょっと編集部メモ!!

◉かいらくさんとiPadAirの話

スワッピングを初めた当時のお写真を我々に見せてくれたかいらくさんですが、その際、おもむろにiPad Airの箱を取り出したんですね。

kairaku_in_09(まぁ見てくれよと言わんばかりのホクホク顔で、最新機器を取り出すおじいさん。)

おぉ!! すげぇ!! iPadに保存したデジタル写真を見せてくれるのか!! と驚嘆した編集部。ゆっくりと、そのフタを空けてみると…。

kairaku_in_10

どアナログなエロ紙焼き写真が!! 故スティーブ・ジョブスも草葉の陰で腰を抜かしていることだろう…。 

■動画撮影・データダビングもこなすテクノおじいちゃん
 「名前忘れちゃったけど、当時のスワッピング仲間から素人投稿雑誌というものを教えてもらったんだよ。アップルさんはネットにまで載せてくれて、ほんとありがとねぇ(笑)アイツも交際誌の巻頭に載ってたくらいだから、ネット公開も当然って感じで…いい気になってんだぜぇ(笑)困ったもんだよ(笑)」。素人投稿誌の存在を知ってから、だいぶ時間が空いてしまったが、2015年7月いよいよアップル写真館へ初投稿を遂げた最高齢投稿者かいらく。そこには、もちろん2人の性交を収めたDVDまで同封されていたわけだが、撮影した映像をパソコンへ取り込み、それをまたディスクへダビングするといった作業。若い人なら雑作もない事だが、70歳を越えた氏に可能だったのだろうか。

kairaku_in_06(メールチェックは日々の日課。やたら富士通のFMVを絶賛していた…。)

 「パソコンはね、昭和60年頃だね。取引先の外資系企業から『いちいち打ち合わせに来ないで下さい。電子メールでお願いしますよ』なんて言われてさ、勉強したんだよ。まだ当時はインターネットなんてないから、パソコン通信※でメールのやりとりをしたんだな」。機械工学や先端科学に造形の深い氏にとって、一般に流通し始めたばかりの「マイコン」は正に最高のオモチャであった。もちろんビデオカメラも新しい機種が出ればバンバン買い替えていたそうだ。最新技術・最新機器に目のないかいらく氏からしてみれば、動画データのダビングなど朝飯前の事だったのだ。最近そんな氏が関心を寄せる新技術はインターネット・オブ・シングス。
 「今でも大学の研究会時代の集まりがあってね、そこで講演なんかを聞くんだけど今の科学技術ってスゴいよ。インターネット・オブ・シングス知ってる? 我々が若い頃からは想像できないような時代になったもんだよ…。ほんと今の若い人は幸せだよなぁ…つくづく思うよ」。そうして、インターネット・オブ・シングスの講釈を始めてしまう。コンピューターおじいちゃんここにありと言ったところ。

※パソコン通信…専用ソフトを用いてパソコンとサーバーとの間で通信回線によりデータ通信を行う手法。インターネットが一般に普及すると徐々に衰退していった。
※インターネット・オブ・シングス…プリンター等のIT関連機器が接続されているインターネットに、それ以外の様々なモノを接続すること。最近では乗用車をインターネットと接続するといった技術も発表されている。別名アイオーティー。

■70過ぎてもビンビン!! 高齢勃起力の秘密!!
 そして忘れてはいけないのが、かいらく氏といえば時折夫人をもへきへきさせる圧倒的男性力。最高齢投稿者でありながら、燦然と反り返る男根に編集部も釘付けになってしまうわけだが、何か勃起薬以外で特別な勃起法があるのか伺ってみると。

APSV-0080_11(た…たくましい…70歳越えでこの仁王勃ちスタイル…。40年後あなたはコレが出来ますか!?)

 「あははは…そんなもん使ってねぇよ。バイアグラなんて飲んだことないって。一時、マカ※ですか…? あれを飲んでいたけど、めんどくさくて止めちゃったなぁ」。薬に頼ることなくナチュラルな勃起力だけで、奥様をヒーヒー言わす驚嘆すべきおじいちゃん。ある統計では30代成人男性の55%がインポテンツだという恐るべき数値も出ている昨今。やはり現代の男達が軟弱化していると思わざるをえないが、その超人級ポテンシャルはインタビューの中でも随所に垣間見せている。
 なんでもかいらく氏、あの結核以来大病の経験は一度もなく、元気そのもの。(お父上もかなりの長生きだったそう)その証拠に2時間半ぶっ続けで喋りまくった挙げ句、自宅でシュークリームをペロリと喰らい、馴染みのレストランでは、フルコース(前菜、魚、肉、デザートそして終始パン!!)と平らげていた。

kairaku_in_08
マカ…南米ペルー原産。アブラナ科の根菜。古くから疲労回復・精力増強の効能で時の権力者たちから珍重され、近頃では妊活サプリメントとして、中年おじさん達の手軽な活力剤として人気。

■大切なのは距離感。50年連れ添うための夫婦円満法!!
 最後に50年以上連れ添うための夫婦円満の秘訣を聞いてみた。「常に一緒にいない事だね。距離感ですか…。仕事で家を空ける事も多かったでしょ。退職した今でも、学生時代の集まり、職場の集まりで昨日も新幹線で帰ってきたんだから(笑)。こういう自分なんでね、アイツには寂しい思いや心配をかけてしまったけれど、その距離感のおかげかな」。会えない時間こそお互いの愛を育むという至高の夫婦論。
 3組の内、1組の夫婦が離婚に至ってしまう現代からしてみれば、とても真似できそうにないかいらく氏の熱い言葉。そしてこう締めくくってくれた。「アイツのおかけで俺も生きてけるんじゃないかな(笑)」

kairaku_in_07
 実直で生真面目な男と、黙ってそれに付き従う慈愛に満ちた女が出会い、結ばれた事で結実した「最高齢ご夫婦投稿」。この奇跡を2人の投稿が続く限り、公開していこうではないか。そう強く思えた、かいらく氏単独インタビューだった。
 今回残念ながらお会いすることのできなかったかいらく夫人にも、かいらくさんへの思いを聞いてみたかったが、奥様のお早い回復をお祈りするばかりである。後日のお電話によると、体調は回復に向かっているそうなので、全快の暁には文字通りの復活投稿を期待したい。

PROFILE

P/かいらく:アップル写真館が誇る最高齢投稿者。70歳を優に越える氏でありながらカクシャクとした体躯と、反り返る男根。妙齢な奥様と保養地で興じるリゾートファック。これらの作品は数多い愛妻自慢投稿の中でも、出色の映像と、投稿ファン達を唸らせている。

P/かいらくさん投稿作品一覧